誰を信じる? ポスト真実時代に「専門家」や「権威」の情報と向き合う視点
ポスト真実時代、「専門家」の言葉にどう向き合えば良いのか
インターネットやSNSを通じて、私たちは日々膨大な情報に触れています。政治、経済、健康、科学技術など、様々な分野の話題が次々と流れ込んできます。こうした情報過多の状況で、「結局、何が本当なのか分からない」と感じることも少なくないのではないでしょうか。
特に、自分にとって unfamiliar(不慣れ)な分野や、判断が難しい問題に直面したとき、私たちは「専門家」や「権威ある機関」の意見に頼りたくなるものです。「この分野なら、あの人が一番詳しいはずだ」「公的な機関が発表しているのだから間違いないだろう」と考え、その情報を信頼の拠り所にするのは自然な流れです。
しかし、ポスト真実と呼ばれる現代においては、「専門家」とされる人々の意見が対立したり、かつて「正しい」とされていた情報が覆されたりすることも珍しくありません。また、情報が流通する過程で、意図的に、あるいは偶発的に歪められてしまうこともあります。
では、私たちはポスト真実時代に「専門家」や「権威」の言葉と、どのように向き合えば良いのでしょうか。誰かの言うことを鵜呑みにせず、かといって全てを疑うのではなく、賢く情報を判断するための視点について考えてみましょう。
なぜ「専門家」「権威」の情報も「立ち止まって」考える必要があるのか
「専門家」や「権威」の言葉は、確かに一定の信頼性を持つことが多いものです。長年の経験や深い知識に基づいた意見は、私たちの理解を助け、複雑な事柄を解きほぐしてくれる可能性があります。
しかし、それでも彼らの発信する情報をそのまま受け入れる前に、一度立ち止まって考えてみることが大切です。その理由には、いくつかの側面があります。
まず、その人が本当にその分野の「専門家」であるかという点です。肩書きや肩書きが示す範囲が、必ずしもその人の全ての言動に対する専門性を保証するわけではありません。ある分野で権威とされていても、全く別の分野について語る際には、必ずしも専門的な知見に基づいているとは限らないのです。
次に、発言の「文脈」や「立場」も重要な要素です。専門家も人間であり、特定の組織に属していたり、何らかの信念を持っていたりします。その発言が、所属する組織の意向や自身の特定の立場、あるいは個人的な思想に影響されている可能性はゼロではありません。利益相反(conflict of interest)が存在しないか、といった視点も、その情報の信頼性を判断する上で考慮に入れるべき要素となります。
さらに、情報が発信されてから時間が経過し、状況や知見が変化している可能性も考えられます。特に科学や医療の分野では、新しい研究結果によって常識が塗り替えられることも頻繁に起こります。古い情報に基づいて判断を下すと、誤った結論に至るリスクがあります。
そして、情報が私たちに届くまでの過程で、メディアによる切り取りや編集が行われている可能性も考慮すべきです。専門家の発言の一部だけが強調されたり、都合の良いように解釈されたりすることで、本来の意図とは異なるメッセージとして伝わってしまうことがあります。
これらの理由から、「専門家」や「権威」とされる情報であっても、「これは本当だろうか」と問いかける習慣を持つことが、ポスト真実時代には不可欠と言えるでしょう。
「専門家」「権威」の情報を賢く見極めるための実践的ヒント
では具体的に、どのように「専門家」や「権威」の情報を判断すれば良いのでしょうか。すぐに実践できるいくつかのヒントをご紹介します。
1. 情報源そのものを確認する
まず、その情報が誰から、どのような媒体で発信されているのかを具体的に確認しましょう。「〇〇大学の教授が言っていた」「△△研究所の発表だ」という情報に触れたら、その「〇〇大学の教授」「△△研究所」について、少し調べてみることをお勧めします。
- その専門家の正確な肩書きは何でしょうか。そして、その肩書きは、今回発信している情報の内容と関連性の高い分野のものでしょうか。
- 所属する機関はどのような性質を持っていますか。公的な機関なのか、特定の営利団体なのか、それとも研究機関なのか。それぞれの機関には、目的や立場があり得ます。
- その専門家は、過去にどのような発言や研究を行っていますか。一貫性があるでしょうか。
このように情報源の背景を知ることで、発言の意図や信頼性をより深く理解する手がかりになります。
2. 発言の「文脈」を捉える
ある発言が、どのような状況で行われたのか、その全体像を把握しようと努めましょう。ニュース記事であれば、その記事全体の論調や、発言が引用された意図を考えます。シンポジウムや記者会見での発言であれば、どのようなテーマで行われたものか、他の参加者はどのような意見を述べていたかなどを確認します。
SNSなどで切り取られた情報に触れた場合は、元の発言が掲載されている一次情報源(例: 本人のブログ、所属機関の公式サイト、正式な会議の議事録など)を探し、全文やノーカットの映像・音声を確認することが理想的です。切り取られた部分だけでは見えない、重要な前提条件や但し書き、あるいは補足説明が含まれている可能性があります。
3. 根拠となる情報やデータを探す
専門家の意見や主張は、何らかの根拠に基づいているはずです。「〇〇という研究結果が出ている」「△△のデータによるとこうだ」といった形で根拠が示されているかを確認しましょう。もし示されているならば、その根拠そのものが信頼できるものか(信頼性の高い研究機関によるものか、十分なサンプル数に基づいているかなど)を検討します。
可能であれば、その根拠となっている一次情報(例: 論文、統計データの原典など)に当たってみることも有効です。難しければ、信頼性の高い報道機関がその根拠についてどのように報じているか、他の専門家はその根拠をどのように評価しているかなどを調べてみるだけでも参考になります。
4. 複数の情報源と比較する
ある専門家の意見に触れたら、同じテーマについて他の専門家や、異なる立場を持つ機関がどのように述べているかを調べてみましょう。多様な情報源から意見を比較することで、特定の意見の偏りや、まだ定説となっていない論点などが見えてきます。
特に、社会的に大きな影響力を持つような話題や、科学的にまだ結論が出ていないようなテーマについては、単一の専門家の意見だけでなく、複数の専門家の意見や、学術的なコンセンサス(合意)がどのようになっているかを確認することが重要です。意見が分かれていることを知るだけでも、情報の受け止め方が変わります。
5. 情報の「鮮度」を確認する
特に技術や医療、あるいは社会の状況が急速に変化する分野の情報については、その情報がいつ発信されたものかを確認することが非常に重要です。古い情報が、あたかも最新の情報であるかのように流通している場合、すでに状況が変わっていたり、より正確な知見が得られている可能性があります。
記事であれば公開日、研究発表であれば発表された年などを確認し、その情報が現在の状況においても妥当であるかを判断する一つの材料とします。
「完璧な真実」ではなく、「より確からしい情報」を目指す
ポスト真実時代において、全ての情報から「完璧な真実」だけを見つけ出すことは、多くの場合困難です。情報の断片化、速すぎる流通、そして発信者の意図など、真実を見えにくくする要因は数多く存在します。
しかし、それは私たちが情報との向き合い方を諦める理由にはなりません。「専門家」や「権威」の言葉であっても鵜呑みにせず、ご紹介したような視点から一度立ち止まって考えてみること、そして多様な情報源から多角的に情報を集める努力を続けることが、私たち自身が「より確からしい情報」に近づくための力となります。
情報に振り回されるのではなく、主体的に情報を選び取り、自ら判断を下すこと。この習慣こそが、情報過多な現代社会を自信を持って生き抜くための羅針盤となるのではないでしょうか。少しずつでも、情報との向き合い方を見直すことから始めてみましょう。